『時の地図』 - フェリクス J.パルマ 作 / 宮崎真紀 訳

まずは、早川書房の公式サイトをご覧ください: 上巻 下巻

ついでに、上下巻の腰巻の宣伝文句。
時の地図 腰巻

これは読みたくなります。で、私にしては珍しく出版されてすぐに買って読みました。その感想ですが…
とにかく、ネタバレにならずに書くのが難しい小説です。
が、これは買おうかどうしようか迷っている人の参考になれば、という意図で書くので、できるだけそうならないように書きます。

まず、宣伝文句にある、切り裂きジャック、H・G・ウェルズ、 タイムトラベル、というキーワードから、映画『タイム・アフター・タイム』みたいなものかと思っていたので(実際は全く違う)、ハヤカワ文庫の分類がSF ではなくNVなのが不思議でしたが、読んで納得。同時に少し失望。(うむ、これだけでもややネタバレくさい。)
ただ、切り裂きジャックへの関心からこれを読もうとする人は失望すると思います。関係があるのは第一部だけですから。

宣伝にはブラム・ストーカーやヘンリー・ジェイムズの名も言及されているので、私としては『タイム・アフター・タイム』のニコラス・マイヤーが書いた贋作ホームズ・シリーズ第二作の『ウェスト・エンドの恐怖』のようなものを期待していたのですが、あれに比べると実在の作家を架空の物語の中で使う、という遊び心では本作は弱いです。

3部構成で、その各部の始めに作者の前口上があります。第一部の前口上はこう始まります:
親愛なる読者のみなさま、さあ、どうぞ! 一度ページをめくりはじめたら止まらない、この魅惑の物語を。夢にも見たことがないような冒険の数々に必ずや出会えるはずです!

いきなりハードルを上げますねえ。よほど自信があるんでしょうか。
これからもわかるように、基本的に軽いエンタテインメントです。作者のコメントは本文中にも頻繁に出てきます。あまりにも頻繁なのでこれは実は一人称小説で、いずれ語り手が作中に出てくるのか、と思ったほどですが、そういう仕掛けではありませんでした。作者としてはユーモアのつもりで書いているのでしょうが、私には言い訳じみて邪魔に感じられました。

SFファンなら、読んでいる途中で「おい、それ本気か?」と思うような設定や展開が出てきますが、各部を読み終わる頃には一応納得できるようにはなっています。
意図的な野暮ったさや、当人たちには一大事だが傍から見るとかなり滑稽、というところはテリー・ギリアムの初期の映画に通じるところがあります。(あれほど笑えませんが。)時間旅行会社の主宰者の名がギリアム・マリーだというのは偶然でしょうか?(実はスペルが全然違う、とか?)
マリーが説明する時間旅行の理屈も『バンデットQ』(一種の「時空の地図」を神から盗んだ盗賊たちの話)のそれに似ています。

上下合わせて800頁を超えますが、物語自体にはそれほどの内容はありません。ただ書き方が極めて饒舌なのです。

例えば冒頭で自殺を考えている青年が、数ある銃を一つ一つ手にとっては、なぜそれが相応しくないか説明する、ということを延々と書いています。結局彼が銃を選んで家を出るまで20頁くらい使っている。

その後も、自分で「登場人物が多いのでそんなことを書いている暇はない」と書いているくせに、新しい重要人物が出る度にその半生を描くため、現在進行中の出来事については一向に話が進まない。
作者もその辺は自覚しており、「こんな話はさっさと飛ばして、早く***について書け、という読者もいるだろうが、物事には順序というものがある」などと書いています。

そう言っている一方で、主人公たちが遠出すると、作者は「彼らが目的地に着くまでの退屈な時間を利用して」と称して彼らの父親がいかにして財を成したかを語るが、それは物語の他の要素と関連がない。こんな面白い話があるんですよ、というだけです。

どうもこの小説、基本的な設定を思いついたときに、そこから派生した様々なアイディアを捨てられずに全部書いてしまったかのような印象を受けます。書きたくてしかたがない、という作者の熱のようなものを感じます。

最初のほうで「基本的に軽いエンタテインメント」と書きましたが、第三部は一・二部とはやや様子が違い、少し重苦しくなります。一・二部では重要な脇役だったH・G・ウェルズが、ここで完全に主役になります。おそらく、宣伝文句などから受ける印象に一番近いのがこの第三部で、この基本アイディアだけで書いていたら、と思う読者もいるのではないでしょうか。

私個人は、一・二部もそれなりに面白かったのですが、三部を読むとそれまでの部分はオマケのような気がしてきます。その差は、たとえば映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のPart II、IIIの後でPart Iを見たような感じ、と言えばわかっていただけるでしょうか。

訳文がとても読み易いこともあり、長さのわりには短い時間で読み通してしまいました。つまり、十分面白かったのですが、「ぜひ読んでくれ」と友人に薦めたいほどではありません。聞かれれば「読んでも損はないよ」と答えるくらいでしょうか。


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