エドマンド・クリスピン『愛は血を流して横たわる』



エドマンド・クリスピンといえばもう随分昔にハヤカワ文庫の『消えた玩具屋』(絶版?)という本を読んだことがありますが、「面白かった」という記憶ははっきりあるのに、内容をあまり覚えていない。特にどんな犯罪が行われたのか、とか、どんな手がかりからどういう風に解決されたのか、というような、ミステリとしては勘所であるはずのことがまるで思い出せない。
そのかわり、登場人物の掛け合いやちょっとしたユーモラスな場面などははっきりと記憶にある。
ということはミステリとしてよりユーモア小説として面白かったということなのでしょうか。解決部分も結構面白がって読んだという記憶はあるんですが。
(私の読書体験の中では、ミルンの『赤い館の秘密』がやはりこんな感じでした。)


さて、この『愛は血を流して横たわる』という邦題を見て即座に思い出したのが、
エルトン・ジョン"Love Lies Bleeding"(「血まみれの恋はおしまい」)という歌です。
"Goodbye Yellow Brick Road"(『黄昏のレンガ路』)に収録されていました。


これはきっと同じ原題に違いない。ということは何か元ネタみたいなものがあるだろうか、と調べて初めて、これが花の名前だと知りました。

創元文庫の解説でもこの花について書かれていますが、面白い名前をつけるものですね。いかにも文学者が洒落に使いたくなるような名前です。

赤い花が垂れ下がって咲く様が流れ落ちる血のようなのでこの名が付いた、ということだそうですが、私にはそんな風には見えません。
画像検索でいくつか写真を見ても(例えばここ)、血を連想させるほど赤くも赤黒くもないように見えます。

特に日本語名というものはなく「ラブ・ライズ・ブリーディング」「アマランサス(の一種)」で通っているようですが、無理やり和訳するとどうなるのでしょうか?

流血愛花?
血涙草?

どうも印象が良くないですね。

クリスピンの『愛は血を流して横たわる』は、ラヴという名前の人物が殺されている、というだけで、あまり気の利いた洒落にはなっていません。

小説としては普通に面白く読めたのですが、『消えた玩具屋』ほど魅力的な設定ではなく、やや凡庸な印象です。

一つ気にになったのが「探偵」役のフェン教授の態度です。
『玩具屋』では、奇妙な事件に巻き込まれ、その謎を解決しようとする素人たちの一人、といった扱いでした。警察がまともに取り合ってくれるような話ではないので何とか自分たちで、といった展開は好感が持てましたし、多少の失敗も「しろうと探偵」としてはむしろ自然でした。

一方、『愛』ではフェンは「世間で名探偵と評判の人物」として登場します。
その名声は地元の警察署長も知っていて敬意を払われるのですが、その署長に対してフェンが敬語も使わずに、完全に部下扱いで捜査の指図をするのが、私には引っかかります。
地方の警察署長よりも大学教授の方が世間的には地位が上なのかもしれませんし、フェンの「名探偵」としての名声がそれほど高いのだ、ということかもしれません。
(署長もフェンを頼りっぱなしで、いくら「この種の事件の経験に乏しい」といっても、もう少し自分で仕事をしろよ、などと考えてしまいます。)

作中で『玩具屋』事件に触れて「あの頃は僕も若かったから」などと言っているので、ある程度権威を誇示するのが自然な年齢になっているのかもしれませんが、署長だって若造のはずはないでしょう。
もちろん、敬語とか言葉遣いは日本語の表現の問題なので、私はむしろ翻訳が気に入らないのだ、ということかもしれません。

また、行方不明の女生徒について、まだあまり情報のない初期の段階から「もう死んでいる可能性が高い」とほぼ断定してしまい、何もしようとしないのもどうかと思います。
常識的に言って、既に起きてしまった殺人の犯人を突き止めるより、まだ生きて危険な状況にあるかもしれない人間を救い出す方が緊急性が高いはずです。
どうも「どうせ死んでいるのだから、死体の捜索などという仕事は警察にやらせておけばいい」という態度に見えます。

後半、ある重要な情報を持ってきた別の女生徒に引きずられて一緒に冒険的な行動に出るのも、かなり軽率だと思います。そのせいで一種の「犠牲者」も出てしまうし、また、犯人が明らかにされた後の追跡劇では意図に反してその邪魔をしてしまう、というドタバタ風の展開もあります。

結局事件の真相を明らかにするという点では貢献しているけれど、あまり賢明な行動をしているとは思えません。

こうして見ると、やはりフェンは超越的な「名探偵」とは違う、「しろうと探偵」として描かれているのだ、と思うのです。
常習的な犯罪者の世界を熟知している、経験豊かなプロの探偵とは違い、
フェンは本質的に平和な世界に住んでいる学者なのですから、
既に起こってしまった事に対しては優れた分析力を示すが、現在進行中の状況に対応する行動には疑問点が多い、としても別に不思議ではありません。
その意味では『玩具屋』事件の頃と、あまり変わっていません。

だからこそ、署長に対する偉そうな態度が気になる、ということです。

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(まだKindle版はないようです。)
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